ぱじゃま

「おかえりなさい、白哉様」
 一日の仕事を終えて帰宅した男の耳に優しい女の声が入る。既に眠っているだろうと予測していた為、思わず彼は目を見開き其方へと視線を向けた。
「緋真、起きていたのか」
 1つの灯火だけに照らされた室内は優しい橙色。並んで敷かれた布団の片方に座る、白い花のように可憐な少女。はい、と頷き微笑む彼女の表情につられたように白哉の口元が綻んだ。
「どうしても、白哉様にお見せしたい物があったのです」
「…見せたいもの?」
 えぇ、と返事をしながら緋真は徐に立ち上がり、何やら部屋の隅に置かれた箱をゴソゴソと漁り始める。何事だろうかと考え込みながら楽な体勢で腰掛けた男の傍へと、何かを抱き締めて彼女は駆け寄る。
「これなのです」
 広げられたものはパステルブルーの布だった。勿論ただの布切れではない。布のあちこちには愛らしい(ように白哉には見える)クマがあしらわれている。
「…寝間着、か?」
「はい、パジャマです。乱菊さんが現世へ行くと言っていたのでついでにお願いして…」
 聞き慣れぬ名前に微かに男の眉が顰められる。確か以前緋真が散策中に貧血を起こした時に救出してくれた霊術院の学生だったか。考えを巡らせながら、キラキラと瞳を輝かせながらパジャマを差し出す愛しい妻と、自分が着るにはあまりに不似合いなパステルブルーのそれを見比べる。
 悩む夫の姿を目にして、やはり嫌なのだろうかと緋真の瞳が悲しげに伏せられた。愛を持っての結婚の場合、大抵の夫は妻のこういう顔に弱いものである。この男もまた然り。揺れ動く心のままに言葉を返す前に、緋真はもう1つ手にしていた物をバッと広げた。
「私は、ピンクのウサギさんで…!」
「…判った、着よう」
 恥より愛だ。夫婦の寝室に入って来るような不躾な輩も居ないだろう、と着る事に同意した白哉の言葉に緋真は嬉しそうに笑った。
 普段は数年前に捨ててしまった妹への罪悪感故か、なかなか心からの笑みを見せない緋真。その笑顔を守る為なら何だってしてやろう。
 にこにことする妻の柔らかな髪を一撫でして、男はパステルブルーのクマさんパジャマを着るべく彼女に背を向けた。

初めて書いた白緋作品。
どこまでも奥様に甘い旦那さんが好きです。