陽だまりの白






 のほほんとした陽が部屋をぽかぽかと照らすのどかな休日の午後であった。いつものように白哉は精神統一の意味もある書道に打ち込み、その間邪魔にならないようにと緋真とルキアは別室にて二人で過ごしていた。
 書道の時間を終えた白哉が廊下に出ると何やらルキアの部屋の方が騒がしい。微かに眉を寄せて颯爽と其方へと向かって歩き出した彼を、何処か微笑ましいような表情を浮かべた家老が見送る。
 廊下と部屋とを遮る襖を無言で開くと二対の紫紺の瞳が驚いたように白哉を見上げた。普段ならば緋真は沢山の家人の中から夫の足音を聞き分けるし、ルキアは同じ死神であるのだから兄の霊圧を良く知っており、どちらにしても無言で部屋に入って驚かれた事は一度も無い。律儀な男であるから驚かせようと思わない限り基本的に無言で部屋に入ることは無いのだが。それ故、今回はそれだけ熱心にこの姉妹が何かについて語っていたという事なのだろう。
「白哉様……」
「白哉兄様!」
「…一体どうしたというのだ」
 二人の顔を見比べると姉は何故か泣き出しそうな顔すら浮かべており、一方の妹は拗ねているようにも見える。普段は仲が良い二人だからその表情も白哉からすれば珍しいものだった。
 姉妹喧嘩だろうか。しかし一体何故なのか。頭の上に疑問符の浮かぶ白哉に対してまず最初に口を開いたのはルキアだった。
「兄様! 緋真姉様が、白玉よりも豆腐の方が良いと仰るのです!」
「おとうふは健康に良いのよ、ルキア」
「でも、姉様!白玉の方が白くてむにむにしていて美味しいのです!」
「おとうふだって真っ白でツヤツヤだし、何より主食になるのですよ!」
「おやつには価値が無いと仰るのですか、姉様!」
「そんなことは無いわ。でも白玉はそれ自体は何も味が無いし…」
「豆腐だって似たようなものではありませぬか!」
「白哉様…っ、ルキアが反抗期なのですっ!」
「兄様に泣きつくのは反則ですよ、姉様! 兄様もあまり姉様を甘やかさないで下さい!」
 白哉の袖に縋るようにして涙目で見上げて来る緋真をまるでうさぎのようだと内心思いながら柔らかな黒髪を撫でてやると、どうやらそれがご不満らしくルキアはぷぅっと頬を膨らませてしまう。
 どうやら会話の端々から判断して、豆腐派の緋真と白玉派のルキアがどちらも白いということを理由に争っていたようなのである。元気で仲良しなのは良いことだと思いながらも、とりあえずこれを仲介してやらなければと白哉はその場に腰を下ろした。そしてきっと動物であったならば耳をピンと立てているであろうルキアに近くに来るようにと手招く。暫くの逡巡の後彼女は1m程近くまでそろそろとやって来た。
「とりあえず、落ち着け」
 お互い子供じみた言い争いだという自覚はあるのだろう。白哉の言葉を耳に入れるとしゅんとした様子で俯いてしまう。流石は血の繋がった姉妹で、そっくりな反応に愛しさが募る。暫くの沈黙の後、白哉は静かに口を開いた。
「私は辛味大根が好きだ」
「はい?」
「は?」
 先程まであれこれと言い合っていた二人の声が見事にハモる。唐突な夫の、そして兄の発言の意図を理解しようと紫紺の瞳が互いを見つめ合った。
「その…白哉様、」
「何だ」
「白いから辛味大根と仰ったのですか、兄様?」
「そうだ。私は甘いものより辛いものの方が好んでいる」
 そして白くて辛いものといったらそれしか浮かばなかったのだと続けると、それまで目をパチパチと瞬かせていたルキアが不意に笑い出し、つられたように緋真がクスクスと軽やかな笑い声を零す。今度は白哉が憮然とした表情を浮かべた。
「……私は真面目に答えていたのだが」
「申し訳ございません。ですが、…姉様もそうお思いになりませんか?」
「そうね。…同じ白いものでも此処まで思い浮かぶものが異なるものかと」
 いつの間にかすっかり打ち解けた様子で言葉を交わす姉妹を視界に映し、多少腑に落ちない部分もあるが二人が幸せそうならそれで良いと、いつしか白哉の顔にも微かな笑みが浮かんでいた。





 そしてその日の夕食には当主様のご意向で冷や奴と辛味大根の下ろしがサイドメニューに追加され、食後の甘味として白玉ぜんざいが出されて姉妹を歓喜させたのだった。

チョキさまの日記で絹ごし豆腐にうっとりしている緋真さんを見たのがこの作品を書き始めたきっかけでした。
だって…あまりに可愛らし過ぎるのですもの…!
という訳でこの作品はチョキさまに捧げます。
白くて辛いものが思いつかなかった時に助けたくれた烙ちゃんにもありがとう(はぁと)
仲良しなこの三人が個人的にやっぱり大好きです。