「変わりは無いか?」
必ずこの人は此処を訪れる度にこの問いを投げ掛ける。
私が他の客に身体を売る必要が無い様に店の主人の目が落ちそうになる程の金銭を払ってくれたのはこの人だというのに。
「はい、白哉様がお越しになるのを待っておりました」
儚い微笑を浮かべた彼女は以前会った時に比べて痩せた様な気がした。
其れが私の杞憂であれば良かったのだが、抱き寄せた身体は確かに着物越しにも分かる程華奢さを増していた。
金銭で彼女の身体を護る事は出来る。だが所詮金銭で解決出来る問題だけにしか私は手を貸せない。
たった一輪の華すら護れないのだ、私は。
「緋真」
愛しそうに女の名を呟く男の手が白く透き通った首筋に添えられた。薄い皮膚越しにとくりとくりと紡がれる鼓動は確かに彼女の生を感じさせ、男は安堵したように吐息を零す。
それに応じるよう顔を上げた女の瞳が真っ直ぐに男のそれを見つめた。
淡い蝋燭の光が作る二つの影が、ゆっくりと一つに重なる。
「……緋真、私の元に来い」
温もりをただ確かめ合う様な優しく長い口付けの後に形の良い耳に囁き掛けると、華奢な肩がピクリと揺れた。
長らく思いながらもなかなか彼が口に出来ない言葉だった。実力はあるが未だ男は若い。周りの柵は多く、たった一人の女を護るにも様々な弊害があった。
だが、このままでは――…
この温もりを失ってしまうのでは無いかという不安が彼を焦らせていた。
男の手が女の白い頬に触れる。いつものように儚く優しく微笑んだ女はその大きな手に触れて首を緩く左右に振った。
「出来ません、白哉様」
嗚呼、何て優しい方。
許されるのならば勿論私だって貴方のお傍に居たい。
「…何故だ?」
初めてだった。
こうして本当に誰かを愛しいのは。
こうして誰かを本心から護りたいと思ったのは。
私の中で何よりも大切なのは疑いようの無い事実だ。
「白哉様、貴方の足枷にはなりたくないのです」
遊女であった私を娶れば必ず反感を買うでしょう。
…ですが、これは建前の理由。
貴方がその様な理由で先行きを妨げられる様な方では無い事は私も知っております。
本当の理由は言えません。
私の病はもう治る事は無いと宣告されてしまったのです。
ごめんなさい。
私にはそれを伝える勇気はありません。
「枷になど――」
「…今夜はこのお話は止めましょう。私を抱きに来て下さったのでしょう?」
自ら帯を解き白い肌を露わにする緋真の動きを白哉は止めなかった。首に両腕を絡ませ浮かべられた蠱惑的な微笑みに抗う事無く首筋に甘く唇を滑らせる。
「次の夜迄に考えておきます」
男性にしては艶やかな黒髪に指を絡ませ女は言葉を紡ぐ。
緋を帯びた菫に浮かんだ涙を隠すように強く男の頭を抱き締めて口元には笑みを刻む。
「白哉様の優しさに触れられて、――緋真は幸せです」
どうか今は私の言葉に騙されて。
さようなら、愛しい方。
きっと此が貴方と過ごせる最後の夜です。