翼折れたとしても

 豪奢、と表現するのは間違っているだろうが、確かに高価な品で纏められたその室内に彼女は居た。ふわりと緩やかなウェーブを描く亜麻色の髪が薄桃色のドレスに包まれた華奢な身体を彩る。
 車椅子の移動の邪魔にならぬようにという配慮故か、他の部屋とは異なる大理石の床がコツリと音を立てた。
「君を、殺しに来たんだ。ナナリー」
 響くのは少年の声。細身のナイフが差し込んだ月明かりに反射して鈍い光を放つが、閉ざされた少女の瞳には映らなかっただろう。車椅子が向きを変え、少年と少女が向かい合う。
「お待ちしていました」
 少女が放った言葉は少年が想像していたものとは異なっていた。
 ゆっくりと。
 開く筈の無い少女の瞼が持ち上げられる。
 少年のものや彼女の実の兄のものに比べて柔らかな藤色に近い瞳が真っ直ぐに彼を見つめていた。
 彼の紫水晶の瞳が揺らぐ。
「ロロさん。…いえ、今はロロお兄様とお呼びするべきでしょうか?」
「…どうして」
 ロロが驚くのも当然の事である。ナナリーはエリア11の総督として据えられ、現在彼女の実兄、ルルーシュの身辺で起こっていること――ロロの存在も含めて――を一切知らない筈である。その上、母親であるマリアンヌ皇妃の死以降その瞳が開かれたことは今までに一度も無かった筈なのに。
 ブリタニアの最新医療により状況が変化したのか。一瞬ロロの頭にそのような考えが過ぎるが、つい先日行われた会見では瞳は閉ざされたままであったと直ぐにそれは打ち消される。
 では、何故…。もう一度問いが反芻された所でナナリーの車椅子が数歩分の距離を移動した。
「目が見えず、足の不自由な皇女様。私の事をそう思う方が多いので、盲点になっているみたいです。…現皇帝と閃光のマリアンヌの娘が、いたいけなただの女の子である筈が無いのに」
 クスクスと可笑しそうに笑う少女の顔を見たら彼女の母親の生前の姿と酷似していると言う者は多いだろう。
「だから、情報を集める事は難しくなかったんです。学園のこと。お兄様のこと。それから…貴方のこと」
「家族が居なかった貴方は、簡単に優しいお兄様に懐いてしまったのでしょうね」
「それから、お兄様もお優しいから…本来敵である貴方を拒めない」
「…………」
「…違いますか?」
 問うように小首を傾げる表情は無邪気そのものだったが、今のロロには恐怖の対象としてしか映らなかった。
「ねぇ、ロロお兄様」
 カツン。音を立てて彼の手の中から細身のナイフが落ちる。
「二つお願いがあるのです」
 些細な事を述べるかのような口調で、ナナリーは言葉を紡ぐ。――真実を知る者しか語る事が出来ない事を。
「私を連れて行って下さいますか? お兄様の所…いえ、ゼロの所へ」
「それから、私に忠誠を誓って下さいますか?」

 あぁ、兄さん。
 貴方が犯した間違いは、彼女の本性を見抜けなかった事だ。
 例え翼が無くても羽ばたいてしまう。
 自由で強い、この小鳥の。
 王となる器を持つ、この彼女の。

 頷きを目にすると、少女は少年の手をそっと握る。
「嘘ではありませんね」
 まるで花が咲くかの如く華やかな笑みを浮かべて。

「では、参りましょう。ロロお兄様」

ほのぼのしたロロナナを書こうと思っていたのに、気付いたら黒いナナリーになっていました。
先日発売されたラウンズ小説を読んで以来、私の中でナナリーは最強になっています。
2009.01.02