皐月の便り






「あっ! 朽木さーん!」
 川岸に腰掛けて水の流れを見つめていた少女の耳にソプラノが届いた。
 現世において漆黒の死覇装を纏う死神に声を掛ける人間は限られている。その上聞き慣れた声であれば即座に誰か判断が出来る。直ぐにルキアは声を掛けた彼女の方へと顔を向けた。
「井上か! 久し振りではないか」
 ふわりと風に靡く長い亜麻色の髪をそっと片手で押さえた彼女の浮かべる無邪気な笑みは、出会った頃から変わっていない。
 身に纏う衣服が大人びたものに変わっても、品良く化粧をするようになっても。
「えへへ、久し振りだね! 朽木さんはいつ見ても変わらないなぁ」
 真っ白なスカートが汚れるのも厭わずに傍らの芝生の上に腰を下ろした織姫の姿を見てルキアは思わず笑い出す。
「井上も成長したのは外見だけだな。中身は以前と全く変わっておらぬ」
 初めて出会ってから既に数年。時の流れは片方の少女を女性にしたが、もう一方の少女の時の針は進まぬまま。だが、屈託無く笑い合う二人の間ではそのようなことは些細な事柄であるようだ。
「良かった。あたしね、今月中に朽木さんにどうしても会いたかったんだ」
 一通り互いの周りの人物についての近況報告を済ませた後、織姫は話に区切りを付けるように声音を変えた。
 金茶の瞳が空を見上げる。白を沢山混ぜた優しい空色に溶け込むように、綿菓子のような雲が広がっている。美味しそうだなぁ、と一瞬頭に過ぎった考えにクスリと笑ってから、傍らの少女に視線を戻した。
「あのね、朽木さん。あたし、来月結婚するの」
 恐らく声を耳に入れられてもそれを意味として理解する回路がショートしてしまったのだろう。目を白黒させて言うべき言葉を探す少女の反応が可笑しく、再び声を上げて織姫は笑った。
「ジューン・ブライドだよ! もうウェディングドレスも決めたんだー」
 写真もあるんだよ、と鞄をガサゴソ漁り始めた辺りでルキアも落ち着きを取り戻したらしい。
「井上」
「ん?」
「おめでとう。幸せになるのだぞ!」
 変わらぬ笑顔で祝福してくれたのが嬉しく、織姫は微笑みを浮かべた。
 人間と死神。本来ならば決して相容れない、相容れてはならない存在だけれど、築いた友情はあの頃から変わらぬままで。
 ともすれば泣きだしてしまいそうなのを堪え、今までで一番の笑顔を見せる。

「ありがとう、朽木さん」







 晴れやかな笑顔はまるで先程までの青空のように柔らかかった。
 きっと彼女の晴れ姿は見られないが、どんな花嫁よりも幸せそうに、綺麗に微笑むのだろう。
 茜色に染まった空を眩しそうに見上げてから、地獄蝶を伴うルキアの姿は緩やかに溶けて消えた。








命を助け、助けられ。それでも大げさではない二人の友情が好きです。
時間が流れて年齢に差が出ても、周りの環境が変わっても、変わらない関係でいて欲しいなぁ。