優しい世界への架け橋






「ロロさん、ロロさん!」
 外出するべくクラブハウスを出ようとしていたロロを引き留める声が廊下に響き、ドアノブにまさに手を掛けようとしていた彼は手を止めて振り返った。此処では彼を呼び捨てする人物が二人、様付けする人物が一人、さん付けする人物が一人。そもそも愛らしいソプラノで話す少女は一人しか居ないのだから、呼び方を考える必要などない訳なのだが。
 頭に浮かべた通り、柔らかにウェーブを描く亜麻色の髪の少女が息を切らせて車椅子の車輪を回して角から現れた。勿論電動の物なのだが急いでいる時には手動の方が早いらしい。
 ナナリーが玄関に辿り着くのを待っても良かったのだが、そのような現場をガムシロップに大量の砂糖を混ぜ合わせた物よりも妹に甘いルルーシュに見られたら理不尽な怒りに曝される事は間違い無い。当のルルーシュは休みなのにパソコンに向かったままなど何処の親父だと朝から文句を言い続けたC.C.に逆ギレし、半ば投げ遣りな様子で――しかし結局は彼女の希望通りに――C.C.を伴い何処かへ出掛けてしまっている。だから勿論彼に見られる心配は無いのだが、培われた経験はナナリーを蔑ろにする事を許さない。
 ロロが目の前まで足を進めると可憐な少女は胸に手を当てて一呼吸付いた上で、膝の上に置いてあった空色の折り畳み傘を差し出す。
「お出掛けなさるのでしょう?夕方には雨が降るとラジオで聞いたので……」
 晴れた空からは想像も出来ない言葉だった。まさに青天の霹靂というべきか。
 愛らしい笑顔に促されるように折り畳み傘を受け取る。
「……ありがとう」
 小さく礼を告げれば直ぐにどう致しましてと優しい声が返って来た。
 これが家族の温もりなのだと。少女の過ごす日々の中で実感し、確かに彼自身の中で多くの事が変わっているようだった。それはこの空間で共に過ごす魔女についても同じ事が言えるのだろう。否、彼女については取り戻していると表現するべきだろうか。
 ――嬉しかったら嬉しいと。お前はもっと素直になって良い。
 随分と笑顔の増えた彼女に言われた言葉だった。その時は貴女には関係無いと切り捨てたが、不思議な事に今ロロの脳裏にその時の状況が甦っていた。
「では、私はお部屋に戻りますね。お気を付け――」
「ナナリー」
 言おうと思えば素直に言葉は紡げるもので、
「その、…一緒に」
 目を合わせれば陶磁器の白い頬は薔薇色に染まった。ロロのそれより幾分淡い藤色が驚いたように瞬く。急に気恥ずかしさが込み上げて紡ぎたい言葉を失った彼の代わりに少女の笑みが答える。
「はい…!」







 重なった手の温もり。

 知らなかった優しい世界。

 求めていた物は容易くその手に――。

アンケートのロロナナリクエストにお答えした六月拍手でした。