邂逅

(私…死ぬ……のかな)
 今命を落とそうとしている事に後悔は全くなかった。血塗れになった彼女の腕から出て来た猫は無傷であった事を今更ながらに思い出す。何も望まれていない、誰からも必要とされていない自分が、小さな命を救えたという事実を最期に感じられる事がただ幸せだった。
「…やっと…終わる」
 生に執着など感じていないといっても過言では無い。仕事ばかりを優先する義父も、自分を全く愛してくれない母親も。何もかもいらなかった。…寧ろこの瞬間を待ち望んでいたのかもしれない。ただ、自ら死を選ぶ勇気が無かっただけで。
 本当に欲しかったものはただ一つだけだったのに。それを与えてくれる人は誰も…

『終わるものか。…巡るばかりさ』

 声が、聞こえた。
 ゆっくりと瞼を持ち上げると、その視界には見知らぬ風景と…見た事の無い少年が映る。知らない筈なのに、不思議と恐怖は覚えなかった。
 いつの間にか苦しさは消えていた。自分に声を掛けるその人が気になり彼女は身体を起こして数歩其方へと歩み寄る。
「…誰…?」
 つい一瞬前まで死を甘受しようとしていた自分が、見知らぬ青年に興味を引かれているのが可笑しかった。光に、見えたのかもしれない。絶望の中で手を差し伸べてくれる、優しい光。
 問い掛けると彼は驚きに目を見開き、
『おや?僕の声が聞こえるのですか?』
 微笑んだ。左右違う色の瞳が少女の瞳を見つめ、彼はゆっくりと彼女の方へと歩を進める。
『クフフフ…、散歩はしてみるものですね』
「だ……誰?何者なの?」
 手を伸ばせば触れ合える程の距離になって初めて少女…凪は怯えの色を見せる。だが、その色を全く気に掛ける様子も無く、彼は彼女の白い頬に手を触れさせた。驚く程冷たい体温に身を竦ませながらも、凪は瞳を逸らせられなかった。
『僕と君は似た者同士かもしれない』
 彼の口から飛び出した言葉は、凪を驚かせるのに十分過ぎる程のものであった。
「え……?」
 思わず聞き返してしまう。
 出会ったのはほんの一瞬前の筈だ。それに、出会って直ぐの人間に似ている、似ていないの判別など出来る訳が無い。
 事態を全く飲み込めていない少女の姿に、彼…六道骸はあくまで優しい微笑を浮かべる。そうして、自分より背丈の低い、華奢な少女の耳元に唇を寄せ、
『凪、僕には…』
 彼女が怖がらないよう静かな声音で、
『君が必要です』
 そっと囁いた。
 驚愕、拒絶…通常ならばそんな感情を返すのが適切であるこの瞬間。
 だがそれに反して、彼女の目からは涙が溢れ出す。
 初めて、…例えそれが見知らぬ人間から与えられた言葉であれ…誰かに必要とされたという事が、ただ本当に嬉しかった。
『君に足りないもの、必要なものは僕が補います。だから…、僕の為に生きてくれますか、凪?』
 瞳を合わされ問われた問いに

 少女は精一杯の笑みを浮かべて大きく頷いた。

初めて書いたREBORNのお話でした。
漫画を貸してくれた子がクローム大好きっ子だったので、自然と私も引っ張られました…(笑)