BLEACHより。ルキア→白哉。白緋前提です。





 月が冷たい光を放ち、それを受けて庭に咲く桔梗の花弁の上で休む雫が時折鈍く煌めく。晩秋の香りを湛えた風が広い庭を駆け抜け、やがて少女の漆黒の髪を撫でた。ふわりと舞う髪を片手で押さえ、彼女は閉ざしていた瞼を持ち上げる。深い菫色の瞳に同じ色の花弁が映る。そして、冷たい銀色の月を。
 彼の人に似ている。
 反射的に思考に過ぎった義兄の姿からまるで目を逸らすかのように少女の瞳は伏せられる。遠過ぎるのだ、あの人は。幾ら手を伸ばしたとしても、決して届く事はない。あの遠い月に似ている。
 義兄が月だというのなら、自分は庭に広がる桔梗の一輪であろう。不意に少女は立ち上がり、素足のままで庭に降り立つ。しっとりと水を含んだ土が裸足に気持ち良い。細い指先に摘まれた桔梗の茎はいとも簡単に手折られた。花弁を優しく撫でる。柔らかなそれは、しかし、時間が経つと共に最初の瑞々しさを失っていった。  結局。一輪の桔梗はどんなに足掻いても月に届く事はない。冷たい光を一身に浴びて、そうして朽ちていくだけ。
 ぐちゃり。少女の手に握り潰され、姿を失った残骸は土に落ちた。きっと月は命を落とした桔梗を気に留めない。存在すら知らないであろう。あの月が気に掛けるのはたった一輪の花だけ。枯れてしまっても尚咲き続ける一輪の華。例え形が似ていたとしても、代わりの存在しない唯一の緋色。
「白哉兄様、…――愛しています」
 例え永遠に届かないとしても。否、届かないで良い。これは届いてはいけない気持ちだから。
 いつの間にか雲が月を覆い隠していた。






貴方は私を見ていない