BLEACHより。




 しあわせな、夢をみました。
 漸く見付かったルキアが桔梗の咲き乱れる庭で駆け回るのを、白哉様と二人で微笑みながら見つめている夢でした。
 夢の中で、私は笑いながらもそれが夢だと知っていました。
 夢だと知りながらも、その夢にしがみつこうとして、ただそれが現実であるかのように微笑み続けました。
 儚い夢だと知っていました。
 でもそれにしがみついていたかったのです。
 それ程までにその夢が私の求める光景だったから。
 緋真姉様、と明るい声音で呼んでくれるルキアの声に立ち上がろうとした瞬間。





「緋真?」
 男が掛けた言葉と揺らされた身体とに女の瞼が小さく震え、そして薄らと開かれる。目覚めたばかりで未だ焦点の合わぬ菫色に長い睫毛が影を落とし、普段とは違う色を浮かべさせていた。幾度か羽根を休ませる蝶のように瞬きが繰り返され、漸く菫色が自分を見つめる瞳を見上げる。
「……白哉様?」
 未だ状況を飲み込めてはいない事が分かる戸惑った声音であった。それもその筈であろう。未だ部屋は陽の光を浴びておらず、薄暗い藍に包み込まれている。そのような刻限に彼が彼女を理由も無く起こした事など今までに無かったのだから。不思議そうな妻の表情を暫し無言で見つめてから、白哉はその白い頬に片手を伸ばした。
「何か悪い夢でも見たのか」
 涙を拭うかのような指の動きで漸く緋真は自分が泣いていた事に気付く。幸せな夢を見ていた筈なのに。それにしても彼も眠っていた筈なのに随分と気配に敏感なものだと感心しながら、緩く首を左右に振って片頬の涙を自分の手の甲で拭う。
「幸せな夢を見ていました」
 白哉の眉が微かに顰められる。以前沢山の色鮮やかな砂糖菓子に囲まれている夢を見たと一日中浮き足立った様子で過ごしていた緋真とは様子が異なる。先を促す沈黙に緋真は身体を仰向けへと変え、何もない虚空を見つめる。
「白哉様がお傍に居て下さいました。私達の視線の先にルキアが居ました。私が手に入れたい、幸せな光景でした」
 その虚空に向かって白い腕が差し伸べられる。細い指は何も掴む事無く再び下ろされようとした。
「でもあれは夢です。未来は見えない。私だけが居ないかもしれま――」
「緋真」
 布団へと腕が下ろされるより早く、その手が男の手に包み込まれる。そうしてそれを引き、華奢な身体を白哉は自分の胸に抱き留めた。素肌が触れ合い着物越しとは異なる体温が互いを包み込む。
「ルキアが居て、緋真が居る未来が私は欲しい」
 滑らかな背をただ慈しむように撫でながらその耳元に言葉を落とす。ただ緋真は黙り込んだまま耳を傾けていた。以前と比べて骨が浮いて来たように感じられる身体を力強く抱き締める。この世に繋ぎ留めるように。
「…夜明けまでまだ時間がある。もう少し眠れ。明日も流魂街へ行くのであろう?」
 はい、と小さく頷いた彼女の返答に満足したのか、癖のついた黒髪に指が通される。それを心地良く思いながら、再び彼女は瞼を落とした。



 いつの間に眠ってしまっていたのでしょうか。
 再び私は夢を見ていました。
 夢の中で私は鮮やかな緋色の着物を纏って水の中に居ました。
 息苦しさはありません。
 ひらり、ひらりと着物の袖を舞わせて普段より軽やかに歩を進めていると、不意に上の方から光が差し込んで参りました。
 その光は水の静けさと溶け合うように織り重なり合い、やがて私の纏う着物に彩を落としました。
 金糸と銀糸が光と絡まり合い、着物が内側から光を放つかのようでした。
 不思議と、安堵を覚えました。
 優しい水に包まれ、暖かな光に抱かれて。
 現実は苦しいけれど、きっと穏やかな日々が訪れるから。
 そう信じて私は再び目を閉じました。
 また明日も光を探しに出掛けようと決心しながら。





それは鮮やかな